大判例

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東京地方裁判所 平成10年(ワ)70553号 判決 1999年6月30日

原告

株式会社甲山

右代表者代表取締役

甲山太郎

右訴訟代理人弁護士

野崎研二

被告

大陽東洋酸素株式会社

右代表者代表取締役

於勢好之輔

右訴訟代理人弁護士

川合孝郎

松尾翼

中村千之

金子浩子

吉田昌功

片岡朋行

主文

一  東京地方裁判所平成一〇年(手ワ)第二一一四号約束手形金請求事件につき、同裁判所が平成一〇年一二月一八日に言い渡した手形判決を取り消す。

二  原告の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一四七一万四五五六円及びこれに対する平成一〇年一〇月一二日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、別紙手形目録記載の手形二通(以下「本件手形」という。)の手形金合計一四七一万四五五六円とこれに対する満期からの手形法所定の年六分の利息の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実(請求原因)

1  原告は本件手形を所持している。

2  被告は本件手形を振り出した。

3  本件手形は、支払呈示期間内に支払場所に呈示された。

二  争点(抗弁)

本件手形は、株式会社ユニオン(以下「ユニオン」という。)が被告から振出交付を受けて同社社屋内金庫に保管中、平成一〇年五月五日から翌六日早朝にかけて盗難にあったもので、盗難後に本件手形を取得した者は、原告も含めて盗難手形であることを知りながら又は重大な過失によりこれを取得したものであるか否かである。

第三  争点に対する判断

一  証拠(甲一及び二の各1ないし3、三ないし六、八、乙一、二及び三の各1・2、四、五、六の1ないし36、八、一一、一二)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  本件手形は、半導体製造工場の配管工事・装置組立などを主たる事業としているユニオンが、取引先である被告から工事代金等の支払のために振出交付を受けてユニオン本社事務室金庫内に保管していたところ、平成一〇年五月五日夜から翌六日早朝にかけて同社社屋内に賊が入り、金庫等が荒らされて他の約束手形三七通、ユニオンの銀行取引印等とともに盗難にあったものである。ユニオンは、盗難発覚後直ちに警察に被害届を提出し、同月一九日に東京簡易裁判所に、同月二二日に大阪簡易裁判所にそれぞれ盗難手形についての公示催告の申立てをした。本件手形を含め二六通の盗難手形の振出人である被告の下には、同年五月中旬から八月下旬にかけて全国各地の金融業者等から振出確認の電話や問い合わせが頻繁にあったが、被告はそれらの確認や問い合わせを受けた場合には、盗難手形である旨を明確に返答し、ユニオンも同様な対応をした。

2  右盗難後、何者かが本件手形の第一裏書欄に偽造したユニオンの記名印と「代表取締役印」と刻された丸印を押捺して裏書を偽造し、本件手形を流通に置いた。

3  本件手形の振出人である被告は、酸素・液化ガス等の製造販売等を業とする大手企業で(資本金約一三〇億円)、東証一部上場企業である。

4  本件手形の第二裏書欄に裏書人として記載されている株式会社大和精機製作所は、本件手形上の住所に商業登記されておらず、右住所地における営業の形跡もない(そこで、このような得体の知れない会社に引き続く本件手形の第三裏書人株式会社セイワマシナリーコーポレーションも、正当な取引により本件手形の裏書譲渡を受けた者と認めることはできない。)。

5  原告は、本件手形の入手状況等につき、概ね次のように述べている。

「原告代表者は、証券会社勤務の後平成元年三月に独立し、証券金融と手形割引を業とするため株式会社ティーケーシー(以下「ティーケーシー」という。)と原告会社を設立した。ティーケーシーは主として株式を担保とする証券担保金融を行い、原告会社は手形割引をする場合に使っている。(但し、原告代表者は、陳述書では「上場会社の手形しか扱いません」としながら、代表者尋問中では「上場会社の手形を扱うことはほとんどない」と供述するなど、その供述内容は首尾一貫しない部分があり、顧客に対する貸付内容など営業面での原告代表者の供述を裏付けるに足る十分な客観的資料は提出されていない。)。本件手形は千葉県佐原市出身で江東区に住所のあった宇井敏雄から割引依頼を受けたものである。宇井敏雄とは一〇年ほど前からの知り合いであり、五年ほど前から顧客関係にあった。宇井は兜町の投資家グループの一員と聞いているが、職業、経歴などの詳しいことは知らない。宇井から平成一〇年六月一一日の夕方に「上場会社振出の手形を割り引いてほしい。」と電話で依頼があり、本件手形の振出人と金額を知らされた。上場会社振出の手形ということで即座に承諾し、印鑑証明書と手形を持参するように言った。翌日の午前一一時過ぎに宇井が本件手形と印鑑証明書を持参して来社したので、月三分の割合の割引料により割引くこととし、手形と引換えに合計一二九一万三六八七円の現金を交付した。宇井に対してはこれまで何度か株式を担保に融資したことはあるが、手形割引依頼を受けたのは今回が初めてである。宇井に対しては、宇井がどういう経緯で本件の手形を入手したのかなど詳しい質問はしていない(なお、この点の原告代表者の説明は、陳述書では「宇井からは、本件手形を第三裏書人のセイワマシナリーコーポレーションから割引により取得したと聞かされた」としながら、代表者尋問の中では「宇井からは本件手形をいつ、いくらで、どういう原因でこの手形を手に入れたかは一切聞いていない」と明言するなど首尾一貫していない。)。割引の前日に親しくしている同業者である青田光市が会員となっている日手協情報センター株式会社(大阪市西区新町<番地略>)から、本件手形について偽造や盗難についての通知が出されているか見てもらったが、本件手形についてはそのような事故の通知は一切出されていないとのことであった。振出人や受取人などに対する確認などはしていない。本件手形が盗難により不渡りとなったことに驚き、宇井に買い戻してほしいと連絡したが、宇井は今は金がないのでとりあえず振出人である被告に訴えを提起してほしいとのことであった。」

6  なお、字井は、平成一〇年暮れころ印鑑証明書記載の東京都江東区の住所から転居した模様で、現在の正確な所在場所は判明しない。

二  以上の事実に基づき判断する。

一般に、上場企業等振出の手形は、受取人から直接銀行等の金融機関に割引ないし取立てに出されるのが普通であり、いわゆる回り手形として銀行以外の町の金融業者により割引されたり、二又は三以上の複数の会社や個人を被裏書人として転々流通することは極めて稀であることは公知の事実であり、このことは本件手形のように東証一部上場企業である被告振出に係る手形については一層あてはまることである(なぜなら、そのような信用のある手形を取得した者としては、満期まで現金入手の必要がない場合には自己又は金融機関に預けて手形を保管することで足り、また満期前に現金入手の必要が生じた場合には銀行等の金融機関により低い割引料で容易に割り引いてもらうことができ、これを銀行等の金融機関により低い割引料で容易に割り引いてもらうことができ、これを銀行等の金融機関以外の第三者(法人)や個人に流通させる経済的理由がないからである。)。そこで、上場企業振出のような信用ある手形について二又は三以上の一見して振出人や受取人の取引先と認め難いような裏書人の記載があったり、個人が裏書人となっているような場合には、その裏書記載自体から流通経路の不自然さがある程度疑われるというべきであり、したがって、そのような手形を所持している者から割引依頼を受けた者としては、単に「一流企業振出の手形である。」旨の説明を受けただけでは足らず、割引依頼人の素性、職業、社会的信用等について慎重に判断を行うと共に当該手形の入手経路について納得し得る説明を求めるべきであり、もし合理的な説明を得られない場合は更に適宜振出人や受取人、支払銀行等に正常な手形であるかどうか、盗難や紛失などの届けは出されていないかどうか照会するなどの調査を行うべきであって、こうした調査を怠った場合には、手形割引に当たり、仮に善意であったとしても、重過失あるものとして善意取得の成立が否定されることもあり得るといわなければならない(なお、手形所持人が手形を所持するにつき疑念を抱いて然るべきときは、振出人や支払担当銀行等に照会するなどの調査義務があるとした最高裁昭和五二年六月二〇日判決、判例時報八七三号九七頁参照。)。

これを本件についてみるに、本件手形は東証一部上場企業である被告が振出したもので(原告は宇井敏雄から「一部上場企業振出の手形である。」との説明を受けて、このことを認識していた。)、その裏書記載は別紙のとおりで、直接の受取人であるユニオンから数えて、ユニオン→株式会社大和精機製作所→株式会社セイワマシナリーコーポレーション→宇井敏雄と、個人である宇井敏雄を含めて四人もの裏書人の間を転々流通した記載となっているところ、前記のとおり、一般的に大手企業振出の手形が複数の企業に回し手形とされたり個人がその裏書を受けるということは極めて稀なケースであるから、原告としては右振出人や裏書記載自体から本件手形の流通経路の不自然さを疑い、本件手形を持ち込んだ宇井敏雄に対しては入手の経緯などについて納得し得る説明を求めるべきであったといえる(しかも、本件手形金額の合計は約一四七一万円という巨額のものであり、宇井敏雄の素性、職業等は明確でなかったからそうした要請は一層強いものがあったと判断される。原告が、仮にこれまで何度か宇井に対して株式を担保に融資したことがあったとしても右判断を左右するに足りない。)。しかるに、原告は、宇井から本件手形の入手の経緯原因関係等について十分な説明を求めることなく(宇井が原告に対し、「本件手形を第三裏書人のセイワマイナリーコーポレーションから割り引いて取得した」旨の説明をしたとしても到底十分な説明とはいえない。)、振出人である被告や受取人ユニオン、支払銀行等について盗難や紛失等の事故はなかったか等の調査や問合わせを全く行わず(そうした調査や問合せが困難であった等の事情を本件証拠上窺うことはできない。)、漫然宇井の割引依頼に応じているもので、そうした調査や問い合わせをすれば本件手形の盗難の事実が容易に判明したものと認められる。こうした経過に照らせば、原告が本件手形を割引取得したことについては、本件手形が盗難手形であることについて少なくとも重過失は免れないというべきである。原告は、宇井から手形割引依頼を受けた日に同業者である青田光市が会員となっている日手協情報センター株式会社(大阪市西区新町<番地略>)から、本件手形について偽造や盗難についての通知が出されているか確認してもらったとしているが、本件手形について偽造や盗難の懸念があったとするならそのような迂遠な確認方法をとるまでもなく直接振出人や受取人等に確認すれば十分であり(むしろ、そのような変則的は確認をしたこと自体不自然の感を免れない。)、それらの振出人や受取人に対する確認を行えば容易に盗難等の事実が判明したことは前記認定のとおりであるから、原告が仮に青田を通じてその主張のような確認をしたとしても、前記判断を左右するものではない。

なお、本件手形の第二裏書欄に裏書人として記載されている株式会社大和精機製作所は、本件手形上の住所に商業登記されておらず、右住所地における営業の形跡もなく、このような者から手形の裏書譲渡を受けた第三裏書人株式会社セイワマシナリーコーポレーションも正当な取引による手形被裏書人と認めることはできず、株式会社セイワマシナリーコーポレーションから裏書譲渡を受けた宇井敏雄も上場企業振出の手形が個人に裏書譲渡されるなどのことは極めて稀なケースであって、本件手形が正規の取引により転々流通したものではないことを十分知り得る立場にあったというべきであるから、これらの者については善意取得を認めることは到底できない。

以上によれば、本件手形は、ユニオンが被告から振出交付を受けて保管中盗難に遭ったものであり、原告はこれらを所持しているが、盗難後本件手形の裏書譲渡を受けた者は、原告を含めていずれも善意取得が成立しないから、原告の請求は理由がないというべきである。

第四  結論

よって、右と結論を異にする主文掲記の手形判決を取り消し、原告の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官豊田建夫)

別紙手形目録1・2<省略>

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